行きはよいよい、帰りは怖い…

1992年5月8日〜12日

 「行きはよいよい、帰りは怖い…というフレーズは、雪山のためにある」

 昨年の5月、立山・雷鳥沢の下りで身に染みたこの格言(壊れるのを覚悟で、グランドマスターをピッケルがわりにしようかと思ったほど)を、また今年も懲りずに体験してきました。今年はゴアのマウンテン・ジャケットのほか、8本爪の軽アイゼンと夏山用の軽ピッケルも事前に揃え、昨年アイゼン・ピッケル無しで下った所だから、これでも充分すぎる重装備だろうとタカをくくっていたのがそもそもの間違いだったのです。
 初日は猛嵐。室堂ターミナルからみくりが池温泉までの僅かの間に、強烈な風雨でザックの中はびしょ濡れ。あの、20分もかからない平地で、何と耐風姿勢を何度もとらねばならず、早々とピッケルが役立ったのが前途を暗示していました。翌朝は風も少しは収まったので、ザックカバーに無理やり穴をあけ、紐で縛って飛ばないようにし、ガスでホワイト・アウトといった状況の中を剣御前小舎目指して出発しました。ゴアのウェアでなければ、きっとみくりが池で滞留したのに…。
 悪天候の雪山でよく人が死ぬのは、なるほど当然の事だと、よく分かりました。いざという時のツェルトがわりにシュラフカバーは持ってきたし、食糧と防寒具は充分すぎるほどあるし、穴を掘ってじっとしていれば大丈夫…ではあるのですが、やたらあちこちにクレバスはあるし、前はほとんど見えないし、トレースを忠実にたどっていても雪崩の跡で突如消えてしまっていたりするし、白一色の中に小屋の屋根らしきものが見えてホッとしたのも束の間、近づいてみるとそれはハイマツの枝だった、ということが何度もあり、さすがに心細くなってきます。雷鳥沢をただ登るだけという、晴れていれば子供でも一人で行けるような行程ですが、昨年だったらきっと途中で撤退していたことでしょう。下手に装備を揃えるのも考えものです。
 さて、下山の日はよく晴れていました。昨年はアイゼンが無かったため、雪が軟らかくなるまで小屋で時間潰しをしなければならなかったのですが、今年は持っています。今回は「行きは怖くて帰りはよいよい…」だったと、早々と小屋を出たまではよかったのですが、まさか去年以上に恐ろしい目に合うとは…。
 去年はスキーヤーのトレースがはっきりついていたので、足跡の窪みを注意して忠実に踏んでいけば、ものすごい高度感さえ克服すれば何とかなったわけです。ところが今年は2日前までの雨嵐で、全くツルツルの急斜面のうえ、表面はバリバリ・ザラザラ。1p下はガチガチ。夏山用のピッケルでは刺さってくれません。50度くらい傾いた岩の上に1p霜が付いているような状態の所を下っていくようなものです。結局、去年同様、日の当たらない小屋直下の急斜面をおそるおそるトラバースして、軟らかい南斜面まで必死のぺっぴり腰でたどり着きました。もし去年の装備だったとしたら、雪が溶けるまで帰ってこれなかったでしょう。
 その日の夜、やっと晴れた天狗平で大失敗をやらかしてしまったのも、無理もないなあ〜などと思う今日この頃です。来年もまた懲りずに行くんだろうけど…。


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