春の穂高

1993年5月27日〜31日

 5月末、初めて春の穂高に行ってきました。
 初日の涸沢小屋で、4月に西穂で会ったプロガイドのOさんにばったり再会しました。日焼けした真っ黒けの顔で、長髪を紐で無造作にポニーテールにしているユニークさは一目で分かります。私のことも覚えていてくれるかなと思いながら挨拶したところ、「やあやあ、また星の写真ですか」と即座に言われました。確かにこちらも西穂の時と全く同じ服装で、ダサいダウンのインナージャケットに、山用じゃない普段着のスラックスという、アルマディラに身を包んだ最近の雪山登山者とはかなり違った格好だったのですが、それでもすぐ分かるほどユニークなのだろうか?と、ちょっと不安になってしまいました。
 Oさんはガイド協会のツアーで来たとのことでした。ツアーは以下の4コースだそうで、積雪期ですからAコース以外はかなりハードです。
   Aコース:涸沢ヒュッテ(泊)〜アズキ沢〜奥穂〜穂高岳山荘(泊)
   Bコース:涸沢小屋(泊)〜北穂〜涸沢岳〜奥穂〜穂高岳山荘(泊)
   Cコース:涸沢小屋(泊)〜北尾根〜前穂〜奥穂〜穂高岳山荘(泊)
   Dコース:岳沢ヒュッテ(泊)〜前穂〜奥穂〜穂高岳山荘(泊)
 2泊目に穂高岳山荘で集合するように組んであります。Oさんは最もハードなCコースの引率で、参加者は1名。なんとこれが63歳の方でした。翌日は5時発ということでした。

 私は翌日8時近くまで小屋でゆっくりして、アズキ沢をバテバテで必死に登り(ガイド協会Aコースの団体は雪のザイテンを登っていった。)、やっとの思いで穂高岳山荘に着いた時はお昼近くになっていました。アズキ沢の登校中、落石が数メートル横を「シュルシュル」と音を立てて落ちていくのを2度見ました。前日の夕方、落石に当たって足を骨折した人がヘリで運ばれましたが、この時期は落石にかなり注意する必要があります。
 小屋で昼食後、奥穂まで行ったのですが、ハシゴのすぐ上の雪の傾斜のトラバースのところ(よく落ちて死ぬところです)で、先に奥穂へ行っていたAコースの団体(10数名)が帰ってくるのに出くわし、かなり時間待ちをしました。ツアーの人はAコースでも皆がハーネス着用のフル装備で、ここもザイルを張っていました。ここを過ぎればあとはずっと夏道で、奥穂の頂上に着いたとき、前穂方面からきたC、Dコースの人たちとちょうどばったり出会い、Oさんともまたまた再会です。北尾根に成功した63歳の人は、過去3年悪天候に泣かされ、今回やっと大願を果たしたそうです。
 この日は土曜日というのに、ツアーの20数名を除くと、小屋の宿泊客はたった3人でした(ちなみに翌日は、私のほかは素泊まり1名のみ)。ツアーの人たちは、夜、食事の後、食堂で懇親会をしていました。うらやましい。星の写真のほうは、天候にたたられて全くダメでした。

 ところで、穂高岳山荘で、うわさのYeさんに会ってきました。彼女は今年めでたく短大を卒業して穂高岳山荘に就職されたばかりの、ほやほやの山小屋看板娘です。Yhさんのお父さんの弟の娘、つまり従妹なのですが、なんと数年前、T高校時代にはNgさんに教えを受けたという、つまりNgさんの教え子でもあるわけです。世の中は狭いというか、類を以て集まるというか…。いずれにしても、穂高岳山荘に知り合いができたのは非常に有難いことです。よく笑いころげる大変明るい子で、昼間はヒマだったので、『Yhねえちゃん』と『Ng先生』のうわさ話にひとしきり花を咲かせてきました。
 これからは、悪天候で小屋に閉じ込められても、ヒマつぶしができるようになったわけです。登山未経験の方も、これを機会に、ぜひ一度穂高に登ってみませんか!?

(注) Oさんには春の立山でもよくお目にかかりますが、現在はポニーテールではありません。


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