雪国二題

1994年1月10日、2月19日

 昨年の暮れ、来年こそはコマ鼠のように動き回って心に残る写真をと意気込んでみたが、冬が過ぎ、もう春である。東奔西走すれど成果を実らせることができず、気ばかりがあせるこの頃である。
 この冬は、例によって白川村と、新たに平湯大滝に出掛けた。

●平湯大滝

 某新聞に大滝が凍りついたニュースを見た。早速、天気をみはからって滝のある平湯へ出掛けた。41号線は混雑もなく快適なドライブ。高山市郊外では、乗鞍岳から笠岳に至る北アルプスの白銀の山波が夕日を浴びてピンクに染まっているのがあまりにも美しく、思わず見とれて時の経つのを忘れてしまった。平湯大滝の入口に着いたのは夕闇が迫る頃で、ひとまず我が心のジョージアで喉を潤し、このまま晴天が続くことを祈りつつ車の中で待機する。
 目的の平湯大滝は本来、滝のそばまで車で入ることができるが、冬季はスキー場のゲレンデにかわり、車で入ることはできない。したがって、国道横の駐車場に車をとめ約1qほど歩かなければならない。昨年暮れに購入したスノーブーツにスパッツの組み合わせで、カメラ3台と三脚を担いで勇躍大滝に向かった。ところが、ゲレンデから遠ざかるにつれて雪が深くなり歩行困難、そこへもって喉は乾き息は切れ、目は霞み骨はガタガタと救いようがない状態になった。体力の限界である。暗闇の彼方、星明かりに浮かぶ氷の滝の上のさそり座の素敵な光景を瞼に思い浮かべ、未練を残して泣く泣く断念。このまま素手で帰ってはご先祖様に申し訳なく、来たからには何か御土産でもと、ゲレンデで撮影をすることにした。周囲の風物はあまりよくないが、幸いにも国道の灯火がわずかに周辺を明るく照らす程度で、条件は比較的よい。早速、雪山を前景に撮影にとりかかる。ところが谷あいに位置するためだろうか、30分も経たないうちに雲が現れては消え、苛々は募るばかり。中途半端なシャッターを数枚きったところで、とうとう堪忍袋がきれて帰ることにした。
 帰途、丹生川の源流(?)の川辺に静かにたたずむ日面の部落の家並が、えも知れぬ冬の風情をかもしだしていたため、写真を写すことにした。橋を渡って谷あいの小さな部落に入ってみると、やたらに電線が張り巡らされ、電線を避けてカメラを向けるのは不可能といった景色である。なぜこんな所に電線を引いたのだろう。過疎地に電灯は似合わないのだ。似合うのはランプ生活なのである。街灯などとんでもない話で、真っ暗闇がいいのである。地球誕生から46億年、すべて歴史は夜に生まれ作られたのである。
 それでも、悪条件ながらなんとか写そうと撮影準備を始めた。ところが、あろうことかレリーズが一本足りないのである。どうも誰かさんのようにゲレンデに落としてしまったらしい。悔やまれたが仕方がない。ともかく撮影を始めた。ここも、ときおり薄い雲が現われ、かならずしも万全ではなかったが、とりあえず民家の窓から洩れる黄色い明りに温もりが感じられ、その雰囲気がシリウスという明るい星との融合で写し出せないものかと、少々しっこく撮影してみた。出来上がった写真には、予想どおり電線が一杯…予想が当たって、嬉しいような悲しいような…でした。

●白川村

 白川村は週末が休日にあたり、しかも運良く晴天にめぐまれ、午後に出発した。道路は晴天続きなのか蛭ケ野まではまったく雪がなく、牧戸からところどころがアイスバーンと、この季節としては道路状態はよく、かろうじて日没直後に村に着くことができた。ところが、村の入り口周辺は黒山の人だかりなのである。なにごとかと尋ねた所、今日は土曜日でライトアップが行われるとのこと。えらいところに出くわしたと途方にくれたが今更引き返すわけにもゆかず、とりあえず駐車場に車を止め、蕎麦でもと思ったら、何と6時で終了とのこと。田舎の夜が早いことをすっかり忘れていた。やむをえずここでも、我が心のジョージアで空腹を和らげ車中でしばし休息。
 聞けばライトアップは、村の入り口に移築した数軒の合掌のみとのこと。さいわい撮影場所からの影響もなく、まずは一安心。ところが、いつもの場所に撮影にでかけるも、あの道この道を、おばちゃんカメラマンが三脚片手に我が物顔で右往左往の往来である。しかも、合掌と大犬座を撮影中の我がカメラの前を何の拘りもなく平気で通り、中にはカメラを電灯で照らし何を写しているかと尋ねるなど、まったくゴーイングマイウエイなのである。星の写真を撮っていることがわかると、どうしたら私にも写せるかと矢継ぎ早に質問を浴びせ、私のカメラにもバルブがあるから写せるわよと目を童女のようにきらきら輝かせ、真剣だから始末が悪い。我が芸術のためには何をも犠牲を厭わんその姿勢は、崇高を通り越し呆れ果てた。しかし、さしものおばちゃんカメラマンも、8時を過ぎる頃から寒さが骨身に凍みたのか少なくなり、村はいつもの静けさを取り戻した。
 今回は、建物と大犬座、そして北の日周運動をものにしようと、白川村を前面に入れ北の星を回した。カメラをむけた方角に村道があり、時折軽トラのライトがレンズに入り気に掛かったが、無視して撮影を続けた。結果はやはり芳しいものではなく、来年への課題を残した。多分この問題は夜中過ぎの撮影だったらクリアーできるものと思われる。また、この夜はこの地にしては珍しく風も雲もガスも無く、星を写す条件は極めて良好であったが、レンズを二度に渡って曇らせてしまった。原因は川筋にカメラを据え付けたことによる。幸いにもスペアーのカメラがあったから救われた。カメラのスペアーはこんな時のためにある。“備えあれば憂いなし”、即座に対処するため常に器材の予備は揃えて置きたいものである。
 レンズの曇りを防ぐには、昔ながらの灰を使ったカイロが有効であるが、最近では田舎にいってもなかなか手に入れることができなくなった(桐灰は只今全国に手配中)。写真を写す人にとってはこの問題の悩みは極めて大きい。ところが、意外や意外、簡単に曇りを防ぐ究極の方法があるのである。今日はその極意を特別に公開しよう。もちろん他言無用である。それは、撮影中のカメラレンズの近くで、今は懐かしい団扇で、優しく10分間に2分ぐらい煽ってやるのである。というと皆さんはそんな馬鹿なと笑うだろう。問答無用。ともかく一度試してみるといい。意外と効果がある事に驚くだろう。これだと、おりたたみの扇子でもいいしボール紙でもよく、材料には事欠かない。しかも、夏場は暑さ凌ぎにも使えるし、虫を追い払うにも使える便利な道具なのである。


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