初冬の穂高山行

1992年10月31日〜11月3日

 11月1日早朝、沢渡大野川区営駐車場はガラガラであった。お客を探しにきたタクシーの運転手の話によると、上高地のマイカー規制が解除されたとの事であった。その話を聞いて、数台の車が駐車場を出て上高地へ走って行った。私は駐車場からタクシーに相乗させてもらって、上高地へ向かった。
 上高地線へ入り、大正池を過ぎるあたりから、違法駐車が目立つようになってきた。すれ違い用のスペースにはマイカーが駐車し、バスの通行が困難な状態であった。中には道の横の林の中に止めている車もあった。やがてタクシーは帝国ホテル付近で、駐車場待ちの車に道を塞がれて動けなくなってしまった。仕方が無いので、そこで車を捨てて歩いて行く事にした。順番待ちをしている車を覗くと、皆疲れ切った顔をして乗っていた。

 バスターミナルに着くと、そこは観光客でごったがえしていた。当然駐車場は満車状態で、順番待ちをしていた車は当分待たなければならないような有様だった。
 初めはターミナルでパンを食べるつもりだったが、やめてすぐに出発した。タクシーが少々遅れた為、7時をすぎてしまっていた。河童橋は観光客で大賑わいであった。空は曇っている。天気予報では午後寒冷前線が通過すると言っていたので、先を急いだ。明神には30分程で到着。そこで朝食のパンを食べて、トイレをすませて早々に出発。徳沢は通過、ノンストップで横尾まで行ってしまった。朝の横尾街道は、静かでとても気持ち良かった。横尾で少し休んで水を補給。涸沢へと向かう。本谷橋を過ぎると道に雪が現われ始めた。涸沢ヒュッテが見え始める頃、小雪が舞い始めた。
 12時15分涸沢ヒュッテ着。カールから上部は冬の世界である。一年前の全く雪のなかった涸沢とは別世界である。ヒュッテは既に小屋閉めの準備が整っており、パノラマ売店の跡で小雪に濡れながら昼食を取った。
 アイゼンを着けて出発しようとする時、どちらまで行くんですかと声をかけられた。穂高岳山荘までと答えると、一緒にいきましょうという事になった。しばらく二人で小豆沢を登って行くと、また一人登って来て、話をしているうちに一緒に行くことになってしまった。そうして、知らない者同志の3人パーティが出来上がってしまったのである。小豆沢の雪はまだしまっていないので、かなり足が潜り歩きづらい。アイゼンも効かないし、山荘に着いた時はフラフラであった。

 穂高岳山荘も小屋閉めの準備に追われており、小屋の中には柱の補強用の資材が散乱していた。部屋の畳も2階に上げられており、宿泊客が増えた為、上げた畳を降ろして新しい部屋を造ったりした。宿泊者数は25人程。食事も広い食堂の隅の方でひっそり済ましたが、料理の方は豪華で定番のメニューの他におでんが付いた。天気は前線が抜けて晴れて来たが、風が非常に強く、地吹雪になっていて、とても撮影できる状態ではなかった。
 翌日は風も無く快晴、絶好の登山日和になった。数人が写真を撮ろうと外に出ようとするが、小屋の入り口が雪に埋まって開かなくなっていた。小屋の人が除雪して出入りが可能になった。写真を撮りにヘリポートまで登った。小屋の人もビデオカメラを持って涸沢岳へ登って行った。とても寒い朝だった。朝食は食堂ではなく、図書ルームで食べた。狭い部屋だがとても暖かく快適な食事だった。
 食後、今日の行動をどうするか決めた。北穂の方は涸沢岳の下りが心配なのでダメという事になり、とりあえず奥穂に行って様子を見て、良ければ吊尾根を縦走して岳沢へ下山しようと決まった。私は少々不安だったが、二人がかなり雪山の経験者だったので、一緒に行く事にした。

 最初の難関、小屋の上部のハシゴ場は何の問題も無くクリア。後は奥穂目指して直上。ピッケルケルンを通過すると雪のジャンダルムが眼前に凄い迫力で迫ってくる。小屋を出て、途中写真を撮ったりしたのだが、1時間程で奥穂山頂に到着。奥穂山頂からのパノラマは素晴らしかった。
 しばらく展望を楽しんだ後、天気も良いし、雪の状態もまずまずなので、吊尾根を縦走し前穂まで行くことに決定、行動を開始した。ルートはほぼ夏道通り。雪が全く安定していなくて、アイゼンもピッケルも全く効かない。もし滑落したらという不安が頭をかすめたりもした。気温が上がってきて、立ち止まっていると足下の雪がズルズルと崩れていく。下の方には岳沢ヒュッテが小さく見えている。3回程滑落しそうになったが、何とか紀美子平に到着。時計を見ると1時30分を過ぎていた。奥穂の方を振り返ると、真っ白な雪の稜線に自分達の着けてきた一条のトレースが続いている。思わず感激してしまった。
 遅い昼食を食べ少し休んで、前穂はどうしようという事になり相談すると、他の二人も疲れたらしく、パスしてそのまま重太郎新道を下る事になった。重太郎新道もハシゴ場やクサリ場があったりして、かなりの悪路なのだが、吊尾根の様な緊張感はなく、非常に快適な道に感じられた。紀美子平を出て約1時間で岳沢ヒュッテに到着。3人でビールで乾杯、とてもうまかった。

 岳沢ヒュッテの宿泊者数は10人。夜は快晴だったが、昼間に疲れ果ててしまった(肉体的にではなく精神的に)ので写真も撮らずに休んでしまった。翌朝、上高地脱出が大変なので、早々とヒュッテを出て下山。40分程で上高地に到着、河童橋でパーティ解散。知らない者同志の即席パーティだが、とても良い山行ができた。

(注) 現在、上高地はシーズンを通してマイカー乗り入れ禁止となっています。


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