バレンタイン前夜

1993年2月13日〜14日

 学生の時に友人と初日の出を見に行って以来、海岸というわりには比較的空の状態が良いので、渥美半島は何度か行っている。前回の11月には、自動車のタイミングベルトが高速道路上で切れるというトラブルに見舞われて絶好の撮影日和を逃しているので、今回こそはと、思い入れは何となく強いものがあった。新聞では、もう菜の花が満開になっていてすっかり春爛漫との記事が載っていたので、これを逃す手はないと思い立ち、2月13日の土曜日の午後、海と菜の花と冬から春の星座の組み合せを頭の中に描きつつ、自動車を走らせることにした。
 自宅を出るのが少し遅れたため、豊橋港の上を走る高架道路を走行中に沈む太陽が丁度見えたが、さすがに自動車しか走らない道路上に一旦停止して写真を撮ることは諦めた。豊橋市内を抜け、太平洋側を走る国道に出て、半島の先へと向かった。豊橋市内を走っている時には民家の庭のすみっこに満開に咲いている菜の花をいくつも見たが、日没後で夕闇が迫っていることもあいまって、海岸沿いを走り出してからはそれらしきものが目に入らなくなってしまった。撮影場所は太陽が沈んでしまう前に見当をつけておくのが鉄則だと思った。午後6時過ぎ、太平洋ロングビーチにひとまず到着、夕焼けの中の金星を3コマほど撮った後、腹ごしらえを兼ねて取り敢えず暗くなるのを待つことにした。
 午後8時ごろ、再び先ほどの場所へ向かうと、海岸沿いに停車している自動車の数が多くなっていた。夏から秋にかけては夕方のドライブついでにこんな時間でもこのあたりに自動車を止めているのは良く見るが、いくら今年の冬が暖冬だとは言え、2月の半ばにこんな所に、しかも午後8時過ぎに来なくてよいではないかと、正直いってそう思った。まわりに止まっている自動車の様子を見ると、やたらとカップルばかりである。そこでふと、その日がバレンタインデーの前日であることを思い出した。今年の春の訪れが早いという気象庁の発表どおり、空の様子はもう春のそれになりつつあったが、自分のまわりのカップルたちもおそらくすっかり春なのであろう。
 とは言え、南の空にはオリオン、大犬、子犬といった冬の役者が揃っている。西の方角にはまだ金星が沈まないで輝いている。近くに止まっていた自動車の中から、こちらの様子を伺っているのがわかったが、それにかまわず、おもむろにカメラをセッティングし、撮影を始めた。結局午後9時半ぐらいまでの間に20コマ程撮影した。露出している間にも自動車が走ってくるため、長時間の露出ができず、最長で5分程度、ほとんどが30秒とか1分程度の露出しかできなかった。現像後のフィルムを見ると、肉眼では見にくかったカノープスがはっきりと写っていて、せめて15分とか30分ぐらいの露出ができなかったものかとくやしい思いをした。
 午後9時半を過ぎるころから、何となく東の空が明るくなってきてしまった。薄雲が出てきているのがわかった。豊橋市街の光を反射しているのだろう。まわりの自動車の数も減る様子がないので、場所を替えることにした。
 10時半ごろに、いつも行っている日出の石門に行ってみると、そこの駐車場にもカップルの乗った自動車が10数台止まっていて、後から来てカメラを出せるような雰囲気ではないし、彼らが立ち去るのを待つほど暢気にはできていないので、今回は石門は諦めた。さらに、多分こちらも駄目だろうと思いながらも、今度は田原まで戻って蔵王山の頂上駐車場まで行ったが、予想どおりこちらもカップルと、それを冷やかしに来ている若い学生のような連中でにぎわっていた。
 場所を探して走り回っているうちに雲が全天を覆い、小雨まで降ったりしはじめたので、再びロングビーチあたりまで行き、空の様子をみていたが、結局そこで夜を明かした。明け方になって晴れてきたのでせめて日の出くらいはと思ったが、東の空の雲は消えなかった。
 バレンタインデーの前日に星の写真を撮りに行くのはもう止めようと思った。


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